草野由美子の 『エステサロン お役立ちコラム』‐12
なぜ今、エステティックに「標準」が必要なのか ~多様な事業者、品質の評価軸、消費者からの信頼という業界構造~
皆さんは、エステティックという産業について、業界以外の方にどのように説明されていますか?
「肌をきれいにする仕事です」「心と体を整える仕事です」「美と健康を支える仕事です」
どれも間違いではありませんよね。
ただ、エステティックがどのような産業なのかを説明しようとすると、なかなか一つの言葉では表現しきれないものです。
私は、この「一つの言葉では表現しきれない」というところに、今のエステティック産業が抱える課題の一つがあると考えています。
ひと言では語りきれない、エステティックの世界
エステティックは、経済産業省の政策上、ヘルスケア産業の一分野として位置づけられています。お客様の身近なところで、美容と健康を支える産業ということですね。実際に現場へ目を向けてみると、その姿は実に多様です。
一人で営むプライベートサロンもあれば、ホテルやリゾートの中のスパ、全国に店舗を展開する大手チェーンもあります。フェイシャル、ボディ、ブライダル、メンズ、ヘッドケアなど、提供されるメニューも幅広いですよね。さらに、エステティシャンを育成する教育機関や講師、化粧品・美容機器を扱う企業、業界団体など、多くの方々がこの産業に関わっています。
この幅の広さは、エステティックの魅力であり、強みでもあります。一方で、産業全体を一つの言葉で説明しようとすると、少し難しさも生まれてきます。
多様性という強みの、裏側
小規模な事業者が多く、経営形態や考え方もさまざまな産業では、目指す方向も事業者によって異なります。技術の探究を何より大切にするサロンもあれば、カウンセリングにじっくり時間をかけるサロンもあります。接客の心地よさや、お客様との長いお付き合いを大切にしているサロンもあるでしょう。どれも、それぞれに素晴らしい価値がありますよね。
ただ、その価値を共通のものさしで表すための言葉や基準が十分に共有されていないため、業界以外の方から見ると、サロンごとの違いが分かりにくくなってしまうのです。
これは、個々の事業者の努力が足りないという話ではありません。多様性があるからこそ、産業全体で共有できる言葉や基準が育ちにくかった、という構造的な課題なのだと思います。
品質の評価軸は、誰が持っているのか
では、現在、エステティックの品質は誰が、どのように評価しているのでしょうか。お客様が実際に施術を受けたときの満足度でしょうか。口コミや評価サイトの評判でしょうか。それとも、サロン自身が発信している情報や実績でしょうか。もちろん、どれも大切な情報です。
ただ、これらは「第三者が共通の基準で確認した情報」とは、少し性質が異なります。お客様の満足度は、その日の体調や施術に対する期待によっても変わりますし、口コミの評価基準も人それぞれです。また、サロン自身が発信する情報は、どうしても自分たちが伝えたいことが中心になりますよね。
つまり、品質を評価するものさしが、サロンによっても、お客様によっても異なっているのです。では、お客様は何を見て、「このサロンなら安心できそう」と判断されるのでしょうか。
例えば、カウンセリングの質、契約内容の説明、衛生管理、顧客情報や施術記録の管理など。こうした施術技術以外の部分について、産業全体でどこまで共通の基準を持ち、その内容をお客様に伝えられているでしょうか。
大手企業では独自の社内基準を整え、教育機関もそれぞれのカリキュラムを築いてきました。長年にわたり、多くの方々が品質の向上に取り組んできたことは間違いありません。ただ、それらの取り組みが、産業全体の共通のものさしとして、お客様にも分かりやすい形で示されているかというと、まだ課題が残っているように感じます。
お客様の信頼は、産業全体で育つもの
もう一つ、考えておきたいことがあります。それは、お客様の信頼がどのように育まれていくのか、ということです。お客様は、ご自身が通われたサロンでの体験を通して、エステティックというサービスを判断されます。そして、その印象は一つのサロンだけにとどまらず、「エステティックとは、こういうもの」という業界全体のイメージにもつながっていきます。素晴らしい体験をされたお客様は、エステティックそのものにも良い印象を持ってくださるでしょう。
反対に、不安や不信感を抱くような体験があれば、それは「あのサロン」だけではなく、「エステティックって、ちょっと不安」という印象として残ってしまうこともあります。
もちろん、これはエステティックに限ったことではありません。どの産業にも共通する、信頼のあり方だと思います。だからこそ、一つひとつのサロンが努力するだけでなく、産業全体で「安心の土台」を共有することに、大きな意味があるのではないでしょうか。
標準は、それぞれの良さを引き立てる土台
「標準化」という言葉を聞くと、どこか画一的なイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。「基準ができたら、どのサロンも同じになってしまうのでは?」そんな心配もあるでしょう。
でも、標準化は、それぞれのサロンが持つ独自性をなくすものではありません。むしろ、独自性を発揮するための、共通の土台を整えることなのです。
私は、この関係を説明するときに、よく建物に例えてお話ししています。建物には、地震などに備えるための耐震基準がありますよね。建物の用途や規模などに応じて、満たさなければならない安全上の基準があり、その基準を満たした上で、さまざまな建物が建てられています。この耐震基準があるからといって、すべての建物が同じデザインになるわけではありませんよね。和風の建物もあれば、洋風の建物もあります。内装も間取りも、それぞれの好みや用途に合わせて選ぶことができます。
エステティックサロンも同じです。安全・衛生管理、設備や環境、カウンセリング、情報提供、リスク管理など、サロン運営に必要な共通の基準が土台にある。その上で、ナチュラルな癒やしを提供するサロンもあれば、ラグジュアリーな空間で特別な時間を提供するサロン、シンプルで機能的なサロンもあるでしょう。メニューや技術、接客スタイル、インテリア、コンセプトは、それぞれのサロンが自由に工夫し、個性を発揮する部分です。
エステティックJISは、建物でいう耐震基準のようなもの。サロンの個性を制限するのではなく、その個性を安心して発揮するための共通の土台なのです。

【エステティックJISは、サロンの個性を制限するものではなく、安全・安心な運営を支える共通の土台です。建物の耐震基準に例えると、その役割が分かりやすくなります。】
このように考えると、標準化は画一化ではない、ということがお分かりいただけるのではないでしょうか。では、立場によって、標準にはどのような意味があるのでしょうか。
① 大手企業の経営者にとって
自社で整えてきた基準を、産業全体の共通基準と照らし合わせ、取り組みの価値を客観的に示す手がかりになります。
② 教育機関や講師にとって
「何を、どこまで教えるのか」という共通の目安を持つことで、教育内容の充実や質の向上につなげることができます。
③ 業界団体や関係者にとって
お客様や行政、他産業の方々にエステティックの価値を説明する際の、共通言語になります。
④ お客様にとって
「何を基準にサロンを選べばよいのか」という判断材料が増え、安心してサービスを選びやすくなります。このように、標準が持つ意味は立場によって少しずつ異なります。私は、標準とは誰かを縛るものではなく、産業に関わる人たちが共有できる地図のようなものだと考えています。
認証制度とエステティックJISという、2つの歩み
こうした背景の中で、エステティック業界でも、共通の基準づくりが進められてきました。その一つが、2007年に始まった「エステティックサロン認証制度」です。
経済産業省が示した「エステティックサロンの認証制度の在り方」を土台として生まれた制度で、サロンが自ら「安心・安全です」と発信するだけでなく、第三者が一定の基準に照らして確認する仕組みです。お客様にとっては、コンプライアンスを大切にしているサロンを選ぶための一つの目安になり、サロンにとっては、自分たちの取り組みを社会に示す「信頼の看板」になります。(出典:内閣府 消費者委員会ホームページ掲載資料、2024年3月)
ただ、認証基準には大手サロンを想定した内容も含まれており、小規模・個人サロンにとっては、少しハードルが高い部分もありました。そこで、小規模・個人サロンにも取り入れやすい共通基準を目指して、2023年から策定が進められてきたのが「エステティックJIS」です。経済産業省の関係部署も原案づくりに参加し、2026年12月の公表が予定されています。(出典:美容ニュース、2024年8月2日。最新の情報は、経済産業省の公表をご確認ください)
私は、認証制度とJISは、それぞれ異なる役割を持ちながら、エステティック産業への信頼を支えていく大切な仕組みだと考えています。大きな事業者も、小さな事業者も、それぞれの立場で共通の基準を活用できる。そして将来、食品のJASマークのように、お客様がサロンを選ぶときの判断材料として、広く認識されるようになる。そんな仕組みに育っていくことを願っています。
エステティックは、次の段階へ
私は今、エステティック産業が一つの節目を迎えていると感じています。これまでは、それぞれのサロンが努力を重ね、お客様との信頼関係を築いてきました。その積み重ねが、現在のエステティックの価値をつくってきたことは間違いありません。そして、これから必要になるのは、その価値を産業全体で「見える形」にしていくことではないでしょうか。
標準づくりは、特定の企業や団体だけのものではありません。大手企業も、教育に携わる方々も、業界団体も、そして一つひとつのサロンも。それぞれの立場から関わり、育てていくものだと思います。
大切なのは、一方的に正しさを押しつけることではなく、現場の声に耳を傾けながら、より良いものにしていく姿勢です。標準は、一度つくれば終わりではありません。社会やお客様のニーズが変化していく中で、見直し、改善を重ねながら育てていくものなのです。
あらためて、今伝えたいこと
エステティックは、人の心と体、そして日々の暮らしに寄り添う産業です。その価値を、もっと多くの方々に知っていただくためにも、産業としての「共通の言葉」を育てていくことが必要なのではないでしょうか。標準や規格というと、少し堅苦しく感じられるかもしれません。
でも、その根底にあるのは、「お客様に安心してサロンをご利用いただきたい」「エステティックという仕事の価値を、社会にきちんと伝えたい」という、ごく自然な想いです。皆さんが日々の現場で大切にされていることが、やがて産業全体への信頼につながっていく。私は、そんな未来をつくっていきたいと思っています。
次号では、標準を支える「人」の視点から、教育と人材育成が産業にもたらす力について、考えてみたいと思います。どうぞ、お楽しみに。

草野由美子
ゆうプランド株式会社 代表取締役
JESMA日本エステティックサロン経営学院 学院長
日本エステティック機構
エステティックサロン認証促進アドバイザー
CIDESCOインターナショナルエステティシャン
日本エステティック業協会 教育委員会 委員
小規模・個人サロン向け
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